でも、だからと言ってネトネトして手にまとわりついて気持ち悪いってこともないの。
「――そう言えば」ふと思い出した私は、それをつまみ上げながら何の気なしにつぶやく。
「ん?」
私の声に頼綱《よりつな》が小箱を机の弁当横に戻しながら私を見つめてきて、私はそんな頼綱を目で追いながら続けた。
「子供の頃にね、大好きなお兄さんがいたって言ったでしょう?」そこまで言ったら、頼綱がどこか不機嫌そうに眉根を寄せたのが分かって、私は一瞬ひるみそうになる。
「ちっ、小さい頃の話だよ?」
それで言い訳がましくそう前置きをしてから、それでも最後まで話したい気持ちが抑えられなくて続ける。
「そ、その人がね、いつも私におやつを持ってきてくれてたんだけど――。1番最初に食べさせてくれたのが、キャラメルだったの」
そう。
あれもこんな感じの、手作りっぽいキャラメルだった。私にそれを手渡してくれたお兄さんのことは薄らとしか思い出せないのに、何故か受け取ったキャラメルのことだけは鮮明に覚えているの。
あの時のキャラメルと、包み方まで本当に似てるなぁって思いながら、手にしたそれをパクッと口に放り込んで――。
舌の上。口溶けの良い優しい甘みが広がっていくのを感じた私は、ややして瞳を見開いて動きを止めた。
「頼綱《よりつな》! ――私……、この味、覚えてる!」それは「〝こんな〟味」ではなく、紛れもなく「〝この〟味」と断言できるほどのインパクトで。
私が幼い頃からずっとずっと探し求めていた味だ!って思ったの。
売られている色んなキャラメルをアレコレ食べてみたけれど、どれもどこか違って……。
決して美味しくないわけではないのに、「これじゃない」って実感するたび、泣きたくなるぐらい切なくなったのを思い出す。
私、この味をあのお兄さんがいなくなってからずっと。
まるで彼を求めるみたいにひとりで探し続でも、だからと言ってネトネトして手にまとわりついて気持ち悪いってこともないの。「――そう言えば」 ふと思い出した私は、それをつまみ上げながら何の気なしにつぶやく。「ん?」 私の声に頼綱《よりつな》が小箱を机の弁当横に戻しながら私を見つめてきて、私はそんな頼綱を目で追いながら続けた。「子供の頃にね、大好きなお兄さんがいたって言ったでしょう?」 そこまで言ったら、頼綱がどこか不機嫌そうに眉根を寄せたのが分かって、私は一瞬ひるみそうになる。「ちっ、小さい頃の話だよ?」 それで言い訳がましくそう前置きをしてから、それでも最後まで話したい気持ちが抑えられなくて続ける。「そ、その人がね、いつも私におやつを持ってきてくれてたんだけど――。1番最初に食べさせてくれたのが、キャラメルだったの」 そう。 あれもこんな感じの、手作りっぽいキャラメルだった。 私にそれを手渡してくれたお兄さんのことは薄らとしか思い出せないのに、何故か受け取ったキャラメルのことだけは鮮明に覚えているの。 あの時のキャラメルと、包み方まで本当に似てるなぁって思いながら、手にしたそれをパクッと口に放り込んで――。 舌の上。口溶けの良い優しい甘みが広がっていくのを感じた私は、ややして瞳を見開いて動きを止めた。「頼綱《よりつな》! ――私……、この味、覚えてる!」 それは「〝こんな〟味」ではなく、紛れもなく「〝この〟味」と断言できるほどのインパクトで。 私が幼い頃からずっとずっと探し求めていた味だ!って思ったの。 売られている色んなキャラメルをアレコレ食べてみたけれど、どれもどこか違って……。 決して美味しくないわけではないのに、「これじゃない」って実感するたび、泣きたくなるぐらい切なくなったのを思い出す。 私、この味をあのお兄さんがいなくなってからずっと。 まるで彼を求めるみたいにひとりで探し続
「これをつまんでくださいまし。坊っちゃまも大好きなお菓子でございます」 そうして八千代さんが風呂敷から取り出した小箱を小さく揺すると、中からカサカサと微かな音が聞こえた。「それ……」 何が入っているんですか?と聞こうとしたら、シーッと唇に指を当てられて「食べる時のお楽しみでございます。早く元気になられてくださいね?」と布団にゆっくり寝かされる。 私は横たわりながら、机に置かれた小箱が気になって仕方がないの。 *** 布団の中、まんじりともせず机上の小箱を眺めていたら、「花々里《かがり》、ちゃんと休んでるかい?」 頼綱《よりつな》が枕元までやってきて私の傍らにひざまずくと、そっと頬に触れてくれる。「もう少ししたら俺は仕事に行くけど。なるべく早めに帰るようにするからゴソゴソしないで大人しく待っているんだよ?」 寝巻きに着替えて布団に寝そべっていた私は、頼綱の登場に我慢できなくなってゆるゆると身体を起こした。「こら、寝てないと――」 ダメじゃないか、と続いたのであろう頼綱のセリフを途中で遮るようにして、「あ、あの……頼綱。お仕事に行く前にあれを取ってくれない……?」 と、例の小箱を指さす。「八千代さんがね、頼綱も好きなお菓子だって……」 私の言葉に、立ち上がって箱を手にこちらを振り返った頼綱に、「中身が気になって眠れないの」って眉根を寄せて畳み掛けたら、瞳を見開かれた。「まったくキミって子は……」 溜め息まじりでつぶやかれた言葉は、でもその態度とは裏腹に、とても優しい声音で。 「食べたら眠れるかい?」 と箱のフタを取る。 布団に座った状態では、立っている頼綱の手元は見えなくて、私はコクコクとうなずいた。 そうしてみて、頭が痛まないことにホッとして……薬が効いてきたんだって思う。「昨夜甘い
屋敷に帰り着くなり、八千代さんに私の部屋に床《とこ》をのべるよう頼んだ頼綱《よりつな》に、「頭痛の原因はただの寝不足だと思うの。そんな大袈裟にしなくても大丈夫だよ?」って言ったら、「寝不足なら尚のこと布団に入るべきだと思うがね?」と睨まれる。 本当、ごもっともな言い分で。 何も言い返すことが出来ないままグッと言葉に詰まった私に、頼綱が「ときに鎮痛剤は飲んだのかい?」と畳み掛けてきた。 ふるふると首を横に振ったら、重ねて常備薬の有無を問われる。 時々生理痛がひどい時があるので、それ用の鎮痛剤を鞄の中に入れていたことを思い出しながらうなずいたら、キッチンに連れて行かれてすぐそこの椅子に座らされた。 そのまま待つように言われた私が、ポーチから取り出した薬を食卓に置いてぼんやりと座っていたら、グラスに水を注いで手渡してくれる。「今日は薬を飲んで大人しく寝ているように」 言われて、水の残ったグラスを手にしたまま「頼綱は平気なの?」と問いかけたら「俺は慣れてるからね」との返事。 そこで、スッと取り上げられたグラスを見るとは無しに目で追いながら、「慣れてるって……頭痛に? それとも寝不足に?」って思いを巡らせる。 どちらにしても、慣れるようなものじゃないのに!って結論に達して眉根を寄せたら「痛むのか?」と頭を優しく撫でられた。 ――今のは痛くて顔をしかめたんじゃないよ? そう返さなきゃいけないのに、手のひらから伝わってくる頼綱の温もりが心地よくて、ついつい手放したくないと思ってしまう。 結局、肯定も否定もしないままに「平気」とつぶやくように応えて、頭に載せられたままの頼綱の手にそっと触れてみる。「――あのね、頼綱。さっき……」 寛道《ひろみち》と話している時に、思わずポロリと吐露してしまった告白を、恐らく頼綱はしっかり聞いていたはずだ。 だけど……あれは頼綱に向けて発したものではなかったから……ちゃんと彼の方を見て伝え直し
私は寛道のことを幼馴染み以上とも以下とも思ったことがなかったから。 だからその関係をダメにしてしまいそうな寛道の感情が本気で憎らしくて――。 それと同時に、どうして私、寛道を好きになれなかったんだろうって思った。「花々里《かがり》。お前は――」 寛道が、私の手を握る手に気持ち力を込めてきて。 私は運転に集中している〝ふり〟をしている頼綱《よりつな》にちらりと視線を投げかける。「ごめん、寛道。私、貴方の気持ちには……応えられない」 寛道の手を、握られていない方の手でそっと外しながら、一生懸命言葉を紡ぐ。「あのね、寛道。私、頼綱のことが……好きなの。多分……出会った瞬間から……ずっと」 それは、頼綱自身にですら面と向かって告げてはいない言葉。 私が寛道にそう告げた瞬間、今までポーカーフェイスを決め込んでいた頼綱が、一瞬ピクリと肩を震わせたのが分かった。 私はそれを見て、にわかに恥ずかしくなる。***「着いたよ」 車内が気まずい空気に包まれたちょうどその時、幸いと言うべきか、大学《もくてきち》に着いたことを頼綱《よりつな》が知らせてくれて。 私は弾かれたように窓外に視線を向けた。 そこは、往来の多い大学の正門前で。 あちこちから、門前に乗りつけられた如何にも高級車です、という頼綱のレクサスに好奇の視線が集まっている。「ひ、ろ、みち……」 それに気が付いてソワソワした私が、「降りよう?」って続けようとしたら、黙り込んでいた寛道《ひろみち》が、何も言わずにドアを開けて。 降りしな、頼綱に向かって「俺、1度フラれたぐらいじゃ、花々里《かがり》のこと、諦めたりしねぇから。アンタもそのつもりで」って吐き捨ててビックリする。 そんな寛道と頼綱を交互に見比べてオロオロしている私をミラー越しに確認した頼綱が、パワーウィンドウを少し開けて、「〝僕〟も花々里の手、死んでも離さないつもりだから。キミに付け入る隙はないと思うけどね」って聞いたことのないような低音で返すの。 寛道は頼綱の言葉に忌々しげな顔をして、ドアを少し乱暴にバタンと閉めた。 窓が開いていたからか、思いのほかドアが勢いよく閉まった気がして。 そのせいか、ドアが閉まる音に呼応したように、頭の奥の方が、ひときわ強くズキン!と痛んだ。 まさか頼綱と寛道が私を挟んでこんなことになるな
「その……昨日は悪かったな。お前の手、振り払ったりして」 いきなり本題に突入してくる辺りが寛道らしい。 だけどお願い、もう少しクッションをっ。 心の準備が出来ていなかった私は、そわそわしながら、「あ、あのっ、それ、お、お互い様……だから」と途切れ途切れに返した。 そう。そもそも最初に寛道の手を拒絶したのは私。 そのくせ寛道から同じようにされて、ショックのあまり居た堪れなくなって逃げ出しちゃうとか……。 ワガママにも程があるよね。 「あ、のね、寛道。昨日……何で怒ったのか……聞いても……いい?」 私の手を振り払った時、寛道は確かに怒りに震えていた。 私はそんな寛道を見たことがなかったの。 いつまでも――。 例えばお互いに彼氏や彼女が出来たとしても。 私たちはずっとずっと仲の良い幼馴染みのままでいられると思っていた。 あの拒絶は、それを根底から覆すものに思えたから。 だから私、すごく不安になってあの場を逃げ出したの。 寛道の怒りの理由を聞いてしまったら、今までの関係ではいられなくなる。 直感的にそう思ったのだけれど。 でも、それを明らかにしないままじゃ、私は頼綱と幸せになることは出来ない。 「あれは――。お前が俺のやったモン、人に……っていうかそこのオッサンに食わしたって言うから」 そこまで言ってバツが悪そうに頼綱を気にする寛道に、私はキョトンとする。 「それって……そんなに重大なことだった?」 恐る
あー、精神的にも物理的にも頭痛い……。 寝不足のせいだろうし、学校で居眠りしちゃうかも。 そんなことを思っていたら、「そう。それじゃあ仕方ない――」 ハンドルを握ったままの頼綱《よりつな》が、「あんまり気は進まないけど、俺が一肌脱ごう」と意味深につぶやいた。 それを聞くとは無しに聞いて。 握りしめたままのスマートフォンに視線を落としたまま、私はいつまでも逃げているわけにはいかないのに、って無意識に眉根を寄せる。 私が、意に添わない結婚をしなくていいように、母の前で一芝居うってくれた寛道《ひろみち》に、もうその必要はないのだと伝えなくちゃ。 そう言えば、あれにしたって寛道、もしかしたら本気で私を好きだと言ってくれていたのかも知れないのに。 もしもそうだとしたら余計に。 頼綱からのプロポーズを正式に受けたこと、彼にちゃんと話さないと。 そう思っているのに――。 いざ寛道から連絡があったら、どうしても尻込みしてしまう自分がいて嫌になる。 小町《こまち》ちゃんに同席してもらったら、寛道と向き合えるかな。 そんな消極的なことを思っていたら、車が不意にスピードを落として。 そのまま路肩に寄せられて停車したことに、「オヤ?」と思う。「頼綱?」 まだ家を出たばかりで、大学に着いていないというのは、いくら方向音痴な私にでも分かった。 忘れ物でもしたの?って問いかけようとしたら、パワーウインドウが開けられる音がして――。「やぁ花々里《かがり》の幼馴染みくん。今うちの子を大学まで送って行くところなんだけど、ついでだしキミも乗っていくかね?」 ここ数日私を待っていてくれた場所で、今朝も寛道は〝待ちぼうけ〟を決め込んでいた。 今日も一緒に行ってやるとか、待ってるからな?とか……そんな連絡、入ってなかったよね?